美術予備校のススメ:彼らは何を教えてくれるか

美術予備校の先生方は、予備校生の画力を向上させることにどん欲だ。
結果が合否で如実に表れるので、自分自身の『指導力の成果』をごまかしようがないからだ。
とてもシビアな世界だからこそ、個々人の画力を向上させるための指導が欠かせないのだ。
※ただし、指導方法は予備校それぞれ個性がある。

『美大受験突破』を目標としてひとりひとりの生徒に向き合うので、彼らはとても丁寧に指導してくれる。
一人ひとりをきちんと見、それに合った指導方法をしていく。
当然ながら同じ題材を描いていても、(油画の学生達は)皆同じように描くわけではない。
個々人の個性に合った、それでいて大学に受かるような画力がつくよう導いていってもらう必要がある。
1年後に目標を据えた指導なので、基礎力の向上とオリジナリティの追及を計画的にすすめてくれるのだ。
美術予備校にはそれまでの実績があるので、その道筋はしっかりと出来上がっている。安心して任せておけるのも魅力の一つだ。

娘の1年間の浪人生活を振り返ってみると、美術系高校に進もうと思った高校受験から大学1年生までの5年あまりの短いキャリアの中で、浪人時代の伸び率が一番大きかった
これは至極当然のことなのだが、その1年間に絵を描いた時間が一番長かったことが直接の原因だ。現役時の2倍くらいか?実技以外の授業がほとんどないので、その分絵を描く時間が増えた。
加えて、追い詰められた精神性。それも拍車をかけたに違いない。
次に伸び率が大きかったのは、高校3年生の時。現役時代だ。
美大受験に焦点をあてて、少しずつ自分自身の絵と向き合っていった時期。
まだ油絵をどう描くか全く決まっていなかった時期で、高校3年生のムサビの進学相談会の講評で「この絵、絵の具が死んでるね。」と言われたりしていた。※この当時この衝撃的な発言の意味が全く分からなかったが、油絵と親しんだ今現在、よく理解できる。確かにあの絵は、絵の具本来の美しさを台無しにしていた。
次に伸びたのはムサビの1年間(期間的には厳密にはまだ終わってはいないが)。
浪人時代をベースとして『受験のために描いていた絵』から『自分らしい絵』へと変換を迫られた時期。
現役作家の先生方と触れ合うことにより、より一層自分の絵と客観的に向き合えるように変わっていった。知識面でもより幅広い情報を得、自分の絵に変換していこうとしているように思える。

こう考えてみると『精神面』x『描く時間』=画力アップ という図式が出来上がっているのがよく解る。
大学1年と浪人1年を比較してみると、浪人1年の伸び率=大学1年x2回分くらいのボリュームがあるのだ。
仮に、現役時代補欠合格が繰り上がって入学できていたとしよう。
今年1年間の伸び率と同様な伸び率がその時にあったと仮定すると、浪人1年間分の実力がつくのは大学2年生の終りあたりだ。
その後、今年1年間と同じくらいの伸びがあったと仮定すると、今現在の画力と同等な画力を得る時期は、大学3年も終わりの頃となってしまう。
もう後は、卒業制作を描いて大学生は終わりだ。
今やっと、『自分らしい絵』がおぼろげながらも解ってきたかも?くらいの時期なのに、その状態で卒業制作を描くとするなら、高校の時の二の舞だ(高校の卒業制作は、集大成とは名ばかりの出来だったと私は認識している)。
納得できるような、説得力のある作品など作れないに違いない。
いや、ひょっとしたら3年時の進級制作で落第する可能性すらある。
仮定の話だとしても、恐ろしくて考えたくもない。大学3年分の学費で、大学1年生で得たまでの分と同じ結果しか出せないからだ。
これはあくまで娘の例だが、補欠が繰り上がらなくてホントに良かった。
大学に払う学費をムダにするところだった

「美大合格のために美術予備校に行く必要はない。」
と発言する美術関係者もいるが、それは学生個人個人の特質によるものが大きいのではないだろうか。
油絵受験に関していえば、通常は膨大な時間をかけて描く油絵という作品を、受験のためにとても短い時間内で仕上げることを強制される。
それにはテクニックが必要不可欠だ。
そして、油絵という絵画の性質上、同時にオリジナリティも求められる。
短い時間で、完成度が高くかつ個性的である作品を描かねばならない。
それを指導者なしに一人で行うのはとても難しい。
もちろん、美術予備校に通わなくても合格する学生もいるだろう。
実際調べてみると、美術予備校に通わずに藝大油画現役で合格する学生もいる。
でも、多くの『美術予備校に通わなかった』学生は、美術専門の高校出身だったりして、作品を作るためにかけた時間が、現役受験生の平均よりもずっと多いだろうことが想像に難くない。彼らは、絵を描くこと、またはそれを教えることを生業としている指導者に、表現することを教えてもらってこなかったわけではないのだ。

実際、予備校に通った娘の話を聞くと、美術予備校で求められたことは、ムサビの大学1年の実技で求められたこととほとんど同じに思えたようだ(受験のためのテクニックは除く)。
おそらく現役合格だったと思われる大学のクラスメイトが、娘自身が美術予備校で求められ指導されていたことを、油画実技の教授に指摘されていたそうだ。
ほんとにあくまで基礎的な指摘だったようだが、その部分をクリアしている学生は、基礎的なことの次のラインの指導をしてもらえる。
そのクラスメイトが、先生の指摘後どのように考え行動するかは生徒個人の選択による。
指摘されていたことを変えるかどうかは、『(未熟な)作家』である学生の自主性に任される。
※未熟な作家については、次回説明する予定。
指摘されたことを変更する又は違う方法でそれ以上の何かを表現できるようにならない限り、その作品は残念ながら良くならない。
でも、大学に合格している以上、『説得力のある作品』を作らねばならない期限はないのだ。
もしこれが予備校であるなら、同じことを何度も指摘されるだろう。それをクリアするか、又は違う方法を探しあてなければ大学に合格できないからだ。

つまり、美術予備校でしてもらった指導は決して無駄にはならないのだ。
それどころか、美術予備校の先生方はとても丁寧に指導してくれる。
出口が明確にわかっているので、その学生個々人に合わせて解りやすく様々な手法で学生の疑問と向き合ってくれる。
どのような画風を目指したらいいかでさえ、一緒に考え模索していってくれるのだ。
娘のように『器用でない(ちゃっちゃと自分で進めていけない)』タイプにはとても有益だ。
大学の教授達は、そこまで丁寧にはしてくれない。
大学では助教の先生が個別に学生についてはいるが、『ムサビの油画に合格している以上、ある程度の画力はあるよね』というスタンスなので、基礎的なことはできているのが当たり前だ。
合格している以上、ある程度の画力はもちろんあるだろうが、基礎的な事が平均値まで全てできているかどうかは疑問だ。
だれでも得意なことと、不得意なことがあるからだ。
教えなくてもできることがあったり、何度も繰り返し教わらなくてはできないこともある。
できないことを最低限ラインまでできるように持っていけるよう、予備校の先生方は丁寧に、個別に指導してくれる。

求められていることは同じなのだが、指導の仕方が違うのだ。
大学の先生方は生徒の自主性に任せるが、予備校の先生方は一緒に悩み考え、かつ導いてくれる。
この差は大きい。
※以上は個人の感想だ。むろん、美術予備校により差があることはご了承頂きたい。

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