描きやすさと浮き出る血管
「血管が出ていていいなぁ。」
娘が私の手を見ながらねっとりと言う。
以前ピアノを習っていたせいであろうか?私の手の甲の血管は、右手も左手も盛り上がりやすい。
子供の頃中指と薬指でトレモロの練習をしていたら、手の甲が熱くなってしまって驚いた。
どうしたことかと見てみたら、盛り上がった血管が指が動くたびに左右に移動していて、摩擦熱が出てしまっていたことがある。
考えたくない妙な生物が、体の中で動いているのかとぞっとしたものだ。
筋肉質な人の体の血管が浮き上がっているのと同じように、私も手の甲の血管だけが浮き上がりやすい。
「血管出てると描きやすいのよ。」
と娘は言う。また絵の話らしい。
手のデッサンは美術系学生にとっては大事である。
面と陰影で表現しなければならないので、情報が多ければ多いほど描きやすいという。
「血管が出ているとね、ほら、ここに影ができるでしょ。そうするとこっちが明るくなるでしょ。ほら。こうしてみて。」
と言いながら私の手を動かす。
目つきが変質者っぽい。
「んー。いいなぁ。」
母親のごつい手を見ながらうっとりするのは美術系学生だけだろう。
「この間掃除してたらねぇ。血管浮き出てきたんだよ。」
うちには鳥がいるのだが、鳥かごの周りの掃除を雑巾でしていたら、血管が浮き上がっていたのだという。
「力入れてこするとそうなるんだねぇ。」
うっとりしながら自分の小さな手を見て言う。
うら若き乙女の発言とは思えない。
そういえば美術予備校に通っている時、手を見せながら『キャンバスに向かって描いていると、ずっと腕を持ち上げているから筋肉もついてきたし血管も出てきたんだよ』と嬉しそうに話していたっけ。
血管が浮き出ている=手をたくさん使っている=絵をたくさん描いていることの証。
なのかと思っていたら、違うらしい。
血管が浮き出ている=情報が多い=描きやすいモチーフ
『描きやすいかどうか』で対象をみていたようだ。
絵を描かない私にはよくわからないが、娘と私では見ている世界が違うのかもしれない。