藝大と私立美大の違いは:油画学業編

藝大受験結果が出ました。
合格した方、おめでとうございます!
まして現役で合格されたなら、大変な親孝行ですよ。
藝大は油画であれデザインであれ、数年浪人しても合格は狭き門です。
加えて、合格するためにはそれなりの投資が必要経費としてかかります。
合格した後も、作品作成のための必要経費はかなりな額に登ります。
でも、学費は私立美大の4/1くらいだし、美術予備校(昼間)の学費と比べても半分~3/1くらい。
現役でとんとん拍子で藝大合格された場合には、最初の1年がかなりキツメのメンタル攻撃をくらうでしょうが、現役合格できるだけの実力があるんですもの。跳ね返して自分の作品を作っていって欲しいと願います。

で。
今回の本題。

天下の藝大と私立トップ美大では何が違うか。
芸術大学と美術大学の大学のあり方の違いとかではありません。
その中で学生として通う場合、実際何が違うのかを藝大油画とムサビ油画を例にとりひも解いていきたいと思います。
※あくまで個人の感想です。

問い:藝大油画に合格した学生の方がムサビ油画に通っている人より、やっぱり上手に絵を描くの?

一番気になるのはココでしょう。
藝大はやっぱりスゴイ、何年も浪人して合格するだけの価値があると多くの受験生やその保護者達が思っている事でしょう。
藝大油画は毎年55名しか入学できません。
今年の倍率は約17倍の、日本で一番狭き門。
単純に考えると、受験生の中のトップ55名なんだろう。と思いませんか?

実は藝大(油画)受験は運しだいだと言われています。
これはどういう意味かというと、
・出される課題が自分の描き方に合っているかどうか。
・それを藝大が望むように捉え、表現できたかどうか。
・作品を見る教授の好みに合ったかどうか。
・同じような発想、描き方の受験生が、その年にいるかどうか。
等、受験日当日に高パフォーマンスをすること以外に求められていることがあるからです。
これらをクリアできなければ合格できません。
加えて、昨今藝大油画は現役合格を積極的に取り始めました。
無論、実技レベルが極端に拙いと一次合格は叶いませんが、一次を通れば二次の油絵が浪人生程ほど描けていなくても合格できるようになっています。

だからといって「なんだ、たいしたことないんだ」とはなりません。
将来の作家の可能性を内に秘めていると多く感じられた人が、藝大に合格できるのです。
トップ55名ではないかもしれませんが、上位は上位なのです。
美術には正解がないので、普通科の受験のように数字で線引きがされたりしないだけなのです。

問いの答え:藝大に合格した人は優秀ですが、不合格だったからといって合格した人よりも優秀でなかったわけではないのです。課題が違ったら、去年だったら、描く場所が違ったら合格していたかもしれない。運次第なところが大きいのです。
なので、ムサビ油画には藝大合格を決めた人と同じくらい上手に絵を描ける人が、何人も通っています。(ただし、同じ1年生でも実技の差はかなり大きいことは否めない)

問い:やっぱり藝大の教授の方がムサビの教授より優秀なんだよね?違いは何?

藝大の教授もムサビの教授も『現役の作家』だという点で同じです。
となると、作品を見る人の好み次第で評価は変わります。
作家同士、だれが優秀かなんてなかなか評価できません。
社会での評価はその作品を金銭的な価値に置き換えて初めて評価されますが、それも作家の実力とかいうよりも、人気があるかとか売り方が上手だとかイメージ戦略が上手いとか、作品自体よりもその他モロモロに影響されるので、社会での評価=作家の評価と単純には言い切れません。

ならば、どこが違うか。


指導方針だと私は感じています。
油画の王道の出口は作家。
藝大油画が想定している出口は作家一本です。
作家になるための知識、作家になるための作品との取り組み方、作家になるための画商との交渉の仕方等、作家になるための教育がなされます。
でも、入学した55名が全部作家になれるわけではないでしょう?
55名のうち1名でも作家になればいいと藝大油画の教授達は考えて教育してきます。
でも、作家になれなかった人達はどうなるのでしょう?
美術予備校の先生や、学校の美術の先生、画商になる人もいるでしょうし、作品作りとは全く違う道に進む人もいます。
でも、藝大の油画の先生たちは、それを何にも手伝ってくれません。
作家にならなかった人の出口は想定していないのです。
1学年55名のうち、1名でも作家になれば万々歳で、その他の54名はその一人の作家を作るために存在するのです。
美しい宝石を磨き上げるためには、それなりの道具が必要。
ダイヤモンドの原石を輝かせるために必要なのは、その他のダイヤモンドなのです。
余分なところを削って、磨き上げて、その過程で壊れていく宝石たちのことは見向きもしません。

方やムサビ油画の出口は、多くの出口を想定して作られています。
作家になる人もいれば美術の先生になる人もいいるし、デザイナーとして企業に勤める人も多くいます。
私立大学なので当然とも言えますが、大学4年間通った学生が企業に就職したりもするということを念頭に学生を育てます。

作家にならない人に対する見捨て方が違うのだと娘は言います。
藝大の先生方は、全ての学生が作家になるための教育をし、どんな学生(受け取る準備ができていない学生)に対しても作家になるための教育をするが、その過程で零れ落ちていく人のことは一切考慮しないように思えます。
ムサビの先生方は、作家以外の誰かになる教育もするが、作家になろうとする人にしか作家になるための教育をしない(受け取る準備ができていない学生にその教育をしようとしない)ようです。

問いの答え:藝大の教授もムサビの教授も人物としての優秀さは変わりません。
ただ、指導方針が違うので、教育の仕方が全く違います。
大学に何を求めているかによって、評価が変わって来るでしょう。

藝大油画とムサビ油画の一番の違いは教育方法

獅子の親は子を千尋の谷に突き落とすといいますが、これをストレートにやってくるのが藝大の教授。
およそ17倍の倍率(おぉ。なんと狭き門か)をくぐって藝大に入学した学生の自信をまずはバキバキに折ってきます。
今まで一生懸命頑張って描いてきた絵を「それは作品ではない。」とか言われます。
色々説明させて自分の意見を述べさせておいて「これからどういう作品を作っていきたいの?」とか言われます。
写実的に忠実に描いた絵を「あえて油絵でやる意味はあるのかな」とか言われます。
ムサビ油画の教授も同じような発言をしますが、主にオブラートに包んでくれているようです。
作家になろうとしていない学生(またそのアドバイスを受け入れる準備がまだ整っていない学生)には、それをしてきません。
藝大油画とムサビ油画は出口が違うから教育方針が違うのです。
藝大油画は作家を生み出す大学です。
勉強でも運動でもそうですが、自分と同じくらい『できる』人が周りにいると、良いライバル関係ができあがります。
原石を磨いて宝石にするためには、良い道具が必要です。
周りにいるライバルが自分を磨いていく道具になります。
ライバルよりもよい作品を作るために自分の平均値を上げ、画力を高めていく事が自然にできるようになります。
その環境が一番整っている大学が藝大油画だと言えるでしょう。

※以上はあくまで個人の感想です。ご参考までに。

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