美術予備校のススメ:彼らの違いは何か

大学の油画の教授達はもともと、一人の作家として学生達をみている。
年齢は違うしキャリアも違うし社会の評価も全く違うのだが、学生を自分たちと同じ一人の作家としてみてくれるのだ。
『未熟(ではあるがある程度の画力がある)作家』相手に基礎的な『指導』なんて不必要だと考えているらしい。
だって、作家同士である以上、対等なのだから。
これは有難い事だが、そうでもない部分もある。
実際には学生達には画力向上のための基礎的な指導が必要な場合が多々あるからだ。
それなのに、大学ではそれを丁寧にしてはくれないのだ。
だって、同じ作家同士だから。

『油絵を描く』ことに対する悩みには技法的なものから精神的なことまで色々あるが、大学の先生よりも美術予備校の先生の方が基礎的なことにはしっかりと具体的に答えてくれる
※生徒との距離が近いせいもあるだろうが。
そのことは、ムサビ油画の現役合格を果たしたクラスメイトを見ていれば解ると娘は言う。
まして今年度はコロナ禍のために、最初は実技の授業でさえ対面ではなかった。
慣れないリモート実技授業で学校側も大変だったと思うが、学生達も戸惑いが多かったろう。
『上手に表現できない』ことは解っても、何故『上手に表現できない』のかわからない。
どうやったら『上手に表現できる』かわからないから、何をしたらいいのかわからない。
先生に『何をしたらいいのか』聞きたくても、どう質問すれば意図が伝わるかわからない。
コロナ禍のためのオンライン授業だからこそ、余計戸惑いが多かったと思う。

『美術予備校の学生達は、基礎的なことができていない』という前提で予備校の先生方は指導してくれるから、丁寧に教えてくれる。
『大学の学生は、基礎的なことはできている』という前提だから、大学教授達は教えてくれないのだ。
でも、『ムサビ油画に合格するための基礎的なこと』は、学生によりけりでできていない場合も多い。
だって、みんながみんな、実技合格者の平均点以上を取って入学しているわけではないのだから。
ギリギリのラインで合格を果たした学生が実際は何人もいるのだから。

去年の夏前テレビのニュースショーで観たのだが、ある私立大学のデザイン科では、手許を映した動画の授業を放映していた。
『どうやって描いたらいいかわからない』に丁寧に答える授業内容だったが、美大でそれはできないだろう。
多くの学生がそんな基礎的なことは重々承知しているからだ。
※その大学は普通科のデザイン科だったので、美大合格する程の技術を合格時には受験生に求めていなかったためだ。
娘も浪人当初『予備校では先生の手許が見られて良い』と喜んでいた。
技術的なことは、実際の動作を見せてもらって教えてもらうのが一番いいからだ。
多くの学生には必要のない基礎的なことが、実技の実力が十分でないが故に必要な学生も少なからずいる。
※基礎的なことができていない娘であっても、あと2~3番でムサビに繰り上げ合格できるほどの補欠合格順位だった。
その個別に違う基礎力のボトムアップを、美大では残念ながら果たしてはくれない。
それをしてくれるのは美術予備校だ

実技のラインギリギリで合格してしまったとしたら、画力の低さがゆえに『落ちこぼれ』状態で大学の実技を受けるしかない。
美大では、実技の力に差がある人達がクラスメイトとなる。
そういう人たちの絵を身近で感じることは、画力アップにもちろんつながる。
娘が4年前美術系高校に進学した時と同じだ。
※そこは普通科の美術系で、審査されたのは学力と絵を描こうとする意欲(作品の完成度は問われない)だった。
同じクラスメイトであっても、入学時点で絵を描いた経験値に、何十倍もの差があった。
彼らにやっと追いついたのは1年半たった高校2年生の秋の終わりだ。
それも、クラスメイトに助けられたところが大きい。
高校生という子供と大人の中間のような微妙な時期に、一緒に成長したことが大きかったのだ。
美大で実技ギリギリだったとして、同じようにクラスメイトが助けてくれるだろうか?
授業の選択肢が違ったり、住まいが違ったり、バイトがあったりして高校の時ほどクラスとして仲良くはなれないかもしれないが、むろん、各々の作品が画力を高める手立てとなる。
個別に仲良くなって『落ちこぼれ』状態の実技のアドバイスはもらえるだろうし、切磋琢磨することで画力を伸ばしていくこともあるだろう。
高校の時と同じように、1年半くらいで彼らに追いつく事ができるかもしれない。
でも、それまでの間に『作家』同志として大学教授からされる貴重なアドバイスを、『落ちこぼれ』状態の学生は全てくみ取れるだろうか?
受けとめるだけの器がなければ、その1年半は無駄に費やされてしまうかもしれない。
現に、娘が高校3年のムサビの講評会に持って行った油絵に対する講評「この絵、絵の具が死んでるね」を理解するのには相当時間がかかった。
衝撃的な言葉だったからこそずっと覚えていられるが、そうでなかったのなら記憶に残らなかっただろう。
柔らかな言葉で表現されていたら、その講評を行った教授の意図が娘には伝わらなかったろう。
せっかくもらえたアドバイスを取りこぼしてしまうことになる。
少なからぬ学費を用意する保護者としては、その学費に見合うだけの『何か』を得たいと思うのは当然だ。
現役時代補欠が繰り上がって合格していたら、その学費分の価値は今現在認識しているものよりも低いだろう。
前回証明したように、浪人1年分の画力アップは、大学1年の2回分に相当するのだ(娘の場合の例をひいた)。

画力を高めるには、技術的な問題と精神的な問題の2つが重要なファクターとなる。
この2つは作品を作っていく以上、ずっと高めていかねばならない、何度も立ちはだかる大きな壁だ。
熟練すればするほど、それは複雑で個別的なことになっていくが、最初の基礎は皆同じようなことで躓く。
技術的には筆の使い方や絵の具の使い方、描写力や表現力などが大事な要素となる。
精神的には何を表現したいのかとか、何故油絵なのかとか、ライバルの存在とか自分のオリジナリティを高める要素となる。
美術予備校ではそれを基礎から丁寧に教え、かつ導いてくれる。
大学では、基礎は解っているものと捉えて作家同士として対峙していく。

基礎が分からなければ応用はできない
これが、美大に入る前に、美術予備校に通うことを勧める理由だ。
※一概に美術予備校といっても色々ある。お試し入学期間がある時に、気に入った場所へ行ってみることを勧める。

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