不本意ではあるが、人物クロッキーを強制

今朝から人物クロッキーの練習をさせることにした。

人物が不得意な娘。

体の『だいたいの形』を大雑把に捉えられていないらしいのだ。

昨日予備校で仕上げた油絵は、『クロッキーをする人物を自由に描きなさい』という課題。

仕上げた作品を画像を見せてもらうと、人物のいる空間はうまく表現できたようなのだが、肝心の人物がひどい出来だった。

予備校のM先生にそれをやんわりと指摘された娘。

人物の表現は、絵を描くことにおいて基礎中の基礎。

きちんと捉えられていないその形は、作品の総合評価を極端に下げる要因のひとつになる。

娘の描いた人物は、人間の形ではなくて布人形のようだったのだ。

布人形、アン

思い浮かべたのは懐かしの布人形、アン。

『意図的に形を崩しているのなら格好いいんだけど』という講評は『人物の形をもっとちゃんと取れるようにしないといけない』という意味だということをきちんと理解できなかったのだろうか?

人は、たくさんの画像が一覧になっている中からでも、顔を認識してしまう特性がある。

同じ大きさの写真で、100枚とかランダムに花や家や景色やその他もろもろ並べていたとしても、人間の顔に目は引き付けられてしまうのだ。

だから、作品の中に人物がいれば、描かれた顔の部分に否応なしに目線が誘導されてしまう。

顔に誘導された目線は、そのままその人物の肉体の他の部分へと流れていく。

意図をもって、目線が誘導された先に布人形のような人物を描くことは意味がある。

しかし、布人形である必要がなければ、それは全くの逆効果だ。

作品の他の部分は実際に忠実で描写的なのに、人物だけ布人形ではとても違和感を感じてしまう。

単なる『ヘタクソ』な絵になってしまう。

毎週、予備校の授業の後に週に一度人物クロッキー会がある。

ヌードモデルさんをお願いして、1時間半皆で描いているのだ。

それには毎回出席しているのに、なぜ人物の形をうまく捉えられないのだろう?

受験まであと4ヶ月。

もう待っていられない。

強制的に人物を練習させることにした。

いつもよりも1時間早めに起こして、人物クロッキーをさせる。

モデルは私だ。

予備校に来てくださるモデルさんよりも肉が垂れているかもしれないが、それは我慢してもらう。

筋肉の付き方とか体のバランスとか悪いかもしれないが、人間の大雑把な形に大差はない。

一枚5分。できれば毎朝10枚を目安とする。

最初の2枚くらい描かせて解ったことは、人物を全体像で捉える練習をあまりしてこなかったのではないかということだ。

だから、人物を描くと形が変になっちゃうんだな。

腕と腹、足と尻、とか部分部分で人物を捉えてきたようだ。

頭のてっぺんからつま先まで。

全体像として捉えるよう指示して描かせる。

三次元のものを二次元の媒体に描きとる。

基本中の基本だ。

大事な基礎練習。

自分からやりだすのを待っていたのだが、仕方がない。

不本意ではあるが、お尻をたたいてやらせることにした。

しばらく一緒にがんばろうね。

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