Amazarashiの『無題』に見る表現者の苦しみ
最近通い始めた整体の先生に紹介されたAmazarashiの『無題』
柔らかな色調のプロモーションビデオに反して、低めに抑えた男性の畳みかけるような歌声。
短編小説のような歌詞と叫ぶような歌い方。
絵を描く一人の男と、その彼女の話だ。
整体の先生は若い時ギターが好きで音楽の専門学校に行っていたそうで、CDデビューしたけど売れなくて音楽で身をたてるのはあきらめたとのこと。
音楽と絵、表現方法は違うけれども表現したいと思う気持ちは同じ。
この曲に深く共感しているようだ。
『無題』歌詞
木造アパートの一階で彼は夢中で絵を描いていた
描きたかったのは自分の事 自分を取り巻く世界のこと
小さな頃から絵が好きだった 理由は皆が褒めてくれるから
でも今じゃ褒めてくれるのは 一緒に暮らしている彼女だけ
でも彼はそれで幸せだった すれ違いの毎日だけど
彼女はいつもの置手紙 桜模様の便箋が愛しい気づいたら夜が明けていた 気づいたら日が暮れていた
気づいたら冬が終わってた その日初めて絵が売れた状況はすでに変わり始めてた 次の月には彼の絵は全て売れた
変わってくのは いつも風景
誰もが彼の絵を称えてくれた 彼女は嬉しそうに彼にこう言った
「信じてた事 正しかった」絵を買ってくれた人達から 時々感謝の手紙を貰った
感謝される覚えもないが 嫌な気がするわけもない
小さな部屋に少しずつ増える 宝物が彼は嬉しかった
いつまでもこんな状況が 続いてくれたらいいと思った
彼はますます絵が好きになった もっと素晴らしい絵を描きたい
描きたいのは自分の事 もっと深い本当の事
最高傑作が出来た 彼女も素敵ねと笑った
誰もが目をそむける様な 人のあさましい本性の絵誰もが彼の絵に眉をひそめた まるで潮が引くように人々は去った
変わってくのは いつも風景
人々は彼を無能だと嘲る 喧嘩が増えた二人もやがて別れた
信じてた事 間違ってたかな木造アパートの一階で 彼は今でも絵を描いている
描きたかったのは自分の事 結局空っぽな僕の事
小さな頃から絵が好きだった 理由は今じゃもう分からないよ
褒めてくれる人はもう居ない 増える絵にもう名前などない気付けばどれくらい月日が過ぎたろう その日久々に一枚の絵が売れた
変わってくのは いつも風景
その買主から手紙が届いた 桜模様の便箋にただ一言
「信じてた事 正しかった」
歌詞を読んでいるだけではわからないことが、PVを見ていると判る気がする。
最初はマスクとヘッドフォンをして絵を描いていた主人公。
その彼を支えるように共に暮らしている彼女。
初めて売れた絵は、彼と彼女が雨の中すれ違う絵だった。
絵が売れ始めた後もヘッドフォンはつけて描いていたが、名が売れ、ヘッドフォンを外して自由に絵を描き始める。
『自分の最高傑作』とした人の浅ましさを描いたその絵は、世間に非難され、評価されなくなってしまう。
嘲る人々の声を遮るように再びヘッドフォンをつけて描き始めた彼。
喧嘩が続き、彼女は怒ってヘッドフォンを跳ね飛ばして出て行く。
ヘッドフォンを外された彼は、苦しみもがきながらもなお、絵を描き続ける。
時がめぐり、久しぶりに売れた絵は彼女を描いた絵だった。
とこんな感じ。
評価されなくなった彼が描いた絵を、破いていく彼女が衝撃的。
『信じてたこと、間違ってたかな』の歌詞が彼女の悲しみと怒りにかぶさる。
あなたが描きたいのはこんな絵じゃないはずだ。と強く思っているようだ。
歌の最後に久しぶりに売れる一枚の絵。
それを買ったのは彼女で『信じてたこと、正しかった』と書かれた手紙が彼の元に届く。
ハッピィエンドとかでもないし、励まされるわけでもないけど、なんだか胸にぐっとくる。
象徴的なヘッドフォンは、自分の世界に閉じこもり耳を塞いでいることの表れだろう。
彼をずっと支えてきた彼女が、最後にその彼の世界を開放する。
もがき苦しみながらも彼は絵を描き続ける。
売れる絵と描きたい絵は重なるとは限らない。
表現は自分自身との戦いだけど、世間を遮断して表現するようではそれは単なる自己満足に終わってしまう。
なんだか、考えさせられる曲だった。