これがほんとのハニートラップ?!お行儀なんて構っていられない。
君は知っているか。はちみつの一番おいしい食べ方を。
パンケーキにつける?
…ナンセンス!!
紅茶に入れる?
…イギリスかぶれか?!
クアトロフォルマッジョにかける?
…うん。確かにそれはおいしいよ。
私も昔はそう思っていたさ。
ダイレクトはちみつを知るまではね。
ダイレクトはちみつ。
パックのはちみつをそのまま口に垂らすだけさ。
おっと。
お行儀が悪いなんて言わないでくれ。
金属のスプーンを使えば金属の。
プラスチックならプラスチックの。
木なら木の。
道具を使うと、その道具がどうしても舌に当たってしまうだろう?
それがいけない。
はちみつの、あのねっとりとした柔らかな質感を、しっかりと舌の上に乗せるためには、ダイレクトが一番いいのさ。
プラ容器の逆ボトルタイプがおすすめなんだ。
キャップを外してボトルの側面を押すと、ゆっくりと滴り落ちてくる。
それを舌の上に受け止めるのさ。
蜜が少したまるまで、しばらくそのまま待つ時間も至福のひととき。
かすかに甘い花の香が、はずかしそうに鼻に抜ける。
うっとりしてボトルをしぼり過ぎてはいけない。
気を付けないと唇からこぼれてしまうよ。
ほら。きつすぎるよ。ボトルを押す指をゆるめてごらん。
最期に糸をひいて、蜜がボトルに戻っていく。
そうしたらそうっと唇を閉じて、その馥郁(ふくいく)たる香りをたっぷりと味わってみよう。
君の目の前には広大な花畑が広がる。
ひらひらと踊る小さなちょうちょが見えるようだね。
え。なんだい?
もうがまんできないって?
ふふ。
そうだね。
舌で存分に味わうがいい。
今まで君が食べていたはちみつは、いつもいつも脇役だったろう?
初めて味わうはちみつ本来の味。
はちみつとしっかり語らいたまえ。
君の心をとらえて離さないに違いない。
「お母さん、聞いてる?」
はっと気づくと、娘が目の前にいた。
一瞬、自分がどこにいるのかよくわからなくなってしまった。
あぁ。
パックのはちみつを直接口に垂らしたりして、お行儀が悪いと娘を叱っていたんだった。
スプーンを使うよりずっと美味しいから、試してみてと言われてしてみたんだった。
いけない。いけない。
私は、はちみつと対話をしていたらしい。
お行儀をしりぞけるはちみつの魔力。
これ以上トリコにならぬように気を付けなければならない。
ほら。君の家の台所にもあるだろう?
可愛い黄色い小悪魔が、君を誘惑しているのがみえるようだ。
気を付けないと、小さな針でさされてしまうよ。